- 【猿人】サヘラントロプス・チャデンシス 700~600万年前
- 【猿人】オロリン・トゥゲネンシス 620~560万年前
- 【猿人】アルディピテクス・カダバ 580~520万年前
- 【猿人】アルディピテクス・ラミダス 450~430万年前
- 【猿人】アウストラロピテクス・アナメンシス 420~390万年前
- 【猿人】アウストラロピテクス・アファレンシス 370~300万年前
- 【猿人】アウストラロピテクス・バーレルガザリ 360~300万年前
- 【猿人】ケニアントロプス・プラティオプス 350~330万年前
- 【猿人】アウストラロピテクス・アフリカヌス 330~210万年前
- 【猿人】パラントロプス・エチオピクス 270~230万年前
- 【猿人】アウストラロピテクス・ガルヒ 250~230万年前
- 【猿人→原人の間】ホモ・ハビリス 240~160万年前
- 【猿人】パラントロプス・ボイセイ 230~140万年前
- 【猿人】パラントロプス・ロブストゥス 200~120万年前
- 【原人】ホモ・エルガスター 190~150万年前
- 【原人】ホモ・ジョルジクス 180万年前
- 【原人】ホモ・エレクトゥス 180~3万年前
- 【原人】ホモ・アンテッサー 120~50万年前
- 【原人→旧人の間】ハイデルベルク人 60~20万年前
- 【旧人】ネアンデルタール人 35~2万8000年前
- 【原人】フローレス人 7万4000~1万7000年前
- 【新人】ホモ・サピエンス 20万年前~現在
【猿人】サヘラントロプス・チャデンシス 700~600万年前
サヘラントロプス・チャデンシスは現在、最古の人類と言われている。
2001年にフランスの生物学者ミシェル・ブリュネの率いる調査隊がチャドで発見
発見地はチャド共和国のジュラブ砂漠のトロス・メナラ遺跡
↑ジュラブ砂漠(英:Djurab Desert アラビア語:صحراء جراب)
このサヘラントロプス属という属で発見されたのは、実は1種1個体のみ
そのたった一つの個体はトゥーマイ(Toumaï)と名付けられている
トゥーマイとは現地の言葉で「生命の希望」という意味である。
その現地語はダザガ語といい、ローマ字表記である。
最古の人類という位置付けだが、実は頭蓋骨(の一部)しか発見されていない。
だから、あまり詳しいことは分かっていない。
人類の大きな特徴である道具の使用もまだ出来なかったハズで、
何せ、頭蓋骨しかないので直立二足歩行をしていたかどうかも不明。
【猿人】オロリン・トゥゲネンシス 620~560万年前
オロリン・トゥゲネンシスはオロリン属の唯一の種。
1974年に古生物学者のマーティン・ピックフォードによって歯の化石が発見される。
発見された場所はケニアのトゥゲン・ヒルズ
↑トゥゲン・ヒルズ(のビュースポット)
その後も、複数の個体の歯や骨の化石が見つかる。
オロリン・トゥゲネンシスはその大腿骨の形状から、
最初に二足歩行をした人類である可能性が高いと言われている。
【猿人】アルディピテクス・カダバ 580~520万年前
アルディピテクス・カダバは1997年にエチオピア人で当時カリフォルニア大学バークレー校の大学院生だったヨハネス・ハイレ・セラシエが発見。
師のティム・ホワイトや東京大学の諏訪元、エチオピア人のブルハニ・アスフォーらのチームに所属し
エチオピアのアワッシュ渓谷にあるアワッシュ川中流域(Middle Awash)で発見。
すでに、1990年にアウストラロピテクス・ガルヒが発見され、
そして、1992年にアルディピテクス・ラミダスも発見されていた。
そのため、発見当初はアウストラロピテクス属かラミダスの亜種だと考えられていた。
しかし、次第に犬歯の特徴などから別の種であると考えられるようになり、
2004年にティム・ホワイトや諏訪元らによってアルディピテクス・カダバと名付けられた。
ただ、全身の骨格が発見されたわけではないため、
同属のアルディピテクス・ラミダスと比べると、詳しいことはあまり分かっていない。
【猿人】アルディピテクス・ラミダス 450~430万年前
アルディピテクス・ラミダスは、全身のほぼ全ての骨の化石が発見されている最古の猿人。
1992年に東京大学の人類学者諏訪元がエチオピアのアワッシュ渓谷流域のアラミスで発見。
↑大体の出土位置
アルディピテクス・ラミダスより古い時代の猿人の化石は発見個体数が絶対的に少ない。
アルディピテクス・ラミダスは100以上の個体が見つかっており、完全な骨格がほぼ分かる。
そのため、直立二足歩行も、木の上での生活も両方出来ていたという証拠がたくさんある。
出土地は今でこそ砂漠化が進み、アワッシュ川流域以外は不毛の地となっているが、
アルディピテクス・ラミダスの生息していた時代は木がたくさんある森だった。
↑NHKスペシャル『人類誕生』ではアルディピテクス・ラミダスの生態が詳しく解説されている。
【猿人】アウストラロピテクス・アナメンシス 420~390万年前
アウストラロピテクス・アナメンシスは、現在分かっている限りアウストラロピテクス属の中で、最も古い時代を生きた種。
ケニアのトゥルカナ湖畔のアリア・ベイ遺跡やトゥルカナ湖から南西に位置するカナポイ遺跡で発見。
アリア・ベイ
カナポイ
見つかっているのは上下の顎骨や歯、腕の骨、大腿骨、指の骨と断片的なものである。
そのため、詳しいことはあまり分かっていない。
だが、直立二足歩行や木登りは出来たと考えられている。
まだ道具の使用には至っていなかったとみられる。
【猿人】アウストラロピテクス・アファレンシス 370~300万年前
アウストラロピテクス・アファレンシスは初期の人類の中で最もよく知られて入る種で、アファール猿人とも呼ばれています。
【猿人】アウストラロピテクス・バーレルガザリ 360~300万年前
アウストラロピテクス・バーレルガザリはチャド共和国のバーレルガザリ渓谷(Bahr el Gazel)で発見された。
バーレルガザリ渓谷の位置
アウストラロピテクス・バーレルガザリの化石は下顎の一部と歯だけしか見つかっていません。
にもかかわらず、アウストラロピテクス・バーレルガザリの存在は人類史を考える上で大きな意味があります。
大きな意味というのは、アウストラロピテクス・バーレルガザリがエチオピアやケニアのようなアフリカ大陸東部の大地溝帯(グレート・リーフバレー)ではなく、アフリカ大陸中部のチャドで発見されているということです。
初期の人類がほぼアフリカ大陸東部で発見されているのに対して、アウストラロピテクス・バーレルガザリがチャドで発見されているということは、初期の人類がアフリカ東部だけではなく、中部にも分布していたという重要な証拠になるからです。
これに関してはサヘラントロプス・チャデンシスにも同じことが言えます。
ちなみにアウストラロピテクス・バーレルガザリを発見したのも、サヘラントロプス・チャデンシスと同じフランスのミシェル・ブリュネです。
発見したのはサヘラントロプス・チャデンシスがまだ発見される前の1993年のことです。
ミシェル・ブリュネがチャドで研究を進めていたのは、チャドがもともとフランスの領土(フランス領赤道アフリカ)であったこと、それにより現在もフランス語がチャドの公用語となっていることが関係しているのでしょうか。
※バーレルガザリ(bahrelghazali)は英語読み。チャドの公用語はフランス語とアラビア語。
フランス語だと「Bahr el Gazel」、アラビア語だと「بحر الغزال」となる。
発音はそれぞれ「バハ・エル・ガゼル」、「バハル・アル・ガザル」に近い。
しかし、フランス語の「r」は日本語ではハ行に近いがラ行で訳するのでgoogle mapではフランス語発音の日本語表記「バル・エル=ガゼル」となっている。
「パリ」が本当は「パヒ」に近いと認めると嫌なのが日本人です。
だから発音をカタカナで表すフランス語の参考書では、「r」の発音だけなぜか、ひらがなにしてたりします。Paris [パり] のように。
【猿人】ケニアントロプス・プラティオプス 350~330万年前
ケニアントロプス・プラティオプスは1999年に、ミーブ・リーキーの率いる発掘チームの一人であったユースタス・エラスによってケニアのトゥルカナ湖西側のロメクイで発見されました。
ロメクイの位置
ケニアントロプス・プラティオプスとはケニアの平らな顔の人という意味の学名です。
その学名は2001年にミーブ・リーキーによって付けられました。
発掘されたのは、頭部の化石1体のみで発掘場所の地質変動が原因で変形していました。
そのため、アウストラロピテクスと別の人類種としてよいのか?
それともアウストラロピテクス属やパラントロプス属の一種と分類するべきなのか?
と、意見が分かれているようです。
将来、ケニアントロプス・プラティオプスには別の名前が与えられることになるかもしれませんね。


コメント